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パクチー嫌いだと人生損するのか? パクチー論争から紐解いてみた話。

パクチー好きからすると、パクチーを食べないなんて、人生損している!

パクチー嫌い派からすると、あんなの食べ物でない・信じられないという。




結論。





ど  ー   - っちでもいい。

人生、得も損もない。

パクチーそのものに、いい も わるい もない。

そこのあるのは、


「パクチー」という存在と、

 個人の「好み」。


それだけ。

(・∀・)

・・・・・・


そう、ここの論点は、つまりその個人が「好き」か「嫌いか」



なのに、時として、

物事の、

「自分の好き嫌い」と、

「存在そのものの是が否」が

混同している場合がある。



パクチーのニオイが嫌い(行為・出来事)

=パクチーが嫌い(個人の好き嫌い)

=パクチーはダメ(存在そのものを否定)



つまりは、この 「=」 で結ばれてしまいがちであるが、それぞれ別という話。



好き派・嫌い派が、それぞれいくら理由を並べても、

いきつくところは

「個人の趣味・嗜好」。


どれだけ語ろうとも、

わたしはこれが好き。あなたは苦手なのね、そうなのね。


それで終わる話。



だから、その「存在そのもの」がダメな理由には、何一つならない。




ただ、ちょっと歩み寄ってもいいと思ったなら・自身の経験の枠を広めたいなら

「そんなにいうなら、ちょっとパクチーも試してみようかな・・・・苦手だけど」


で、実際食べてみて


「まずっ!やっぱり二度と食うもんか!」

「あ、案外嫌いじゃないかも♡」


これは経験して初めて、体感し、思い込みだったものは外れ、そうだったものは確信になり、

そうやって一つ一つ、学ぶのである。




これは実際、日常でいろんな物事や人でも当てはまるわけで。



あなたが「パクチー」だったとしよう。


「パクチー(あなたが)嫌い!」って言われたら。

「あぁ、わたしは「ダメ」なんだ」って思いませんか?

もちろん、嫌いって言われたらへこむ。それはそう。

だけれども


「あの人がパクチーを(わたしを)嫌い」 = 「わたし=ダメな存在」


ではないよ、という話。


・・・・・・


まぁ、これが。単に個人の話で済めばまだいいわけで。


実際は

「世間一般・常識」と混同されてしまう。


「パクチー好き/嫌いだなんて、変だよね、普通じゃないよね。」


そうやって、「わたし個人の価値」を決める材料になってしまう。


ここに大きな力が加わっているものあるから、
めんどくさい方向にいくわけで。


国がらみ・教育として
「パクチー好きなのは当たり前」「パクチーを食べるのは常識」

とされてしまったのなら。


「あぁ、みんなが当たり前に好きなパクチーを、わたしは食べれないなんて・・・人としてだめなんだ」


そう、これが今までの、主な教育の形。

みんなが同じことをできるようになる事が、正しいとされた教育の、出来上がった形ともいえる。


・・・・・


わたしが好きなテレビ番組。

どちらもマツコ・デラックスさんの出ている番組。

マツコの知らない世界
アウトデラックス


「それ」を愛してやまない人・好きすぎて極めた人が、
いかにそれがすごいのか素敵なのか、延々と語る。
その好きを極めた人の話・情報は、実は奥深い。

またアウトデラックスは、世間的に「アウト」といわれる人達の魅力をみごとに引き出している番組。
司会者がアウトと呼ばれるゲストさんの存在を否定せず、
また面白く話を引き出すので、見ていて楽しいのである。


もうね、こういう番組が成り立つ時代になっているというのも、
今の世の中をそのまま表しているだけなのだと思う。


(*‘∀‘)ネタはないけど、何かでわたしも出たいにょ!


・・・・・


今、なんだか「自分に自信の持てない人」というのは、

今まで、自分の親に、周りの友人知人に、そして自分自身も

「普通は~~だよね」
「それって非常識!許せない!」
「みんなは~~って言っているし、どうしようかなぁ・・・」

そんな言葉が日常会話でさらりさらりと出てきているのではないだろうか。



今の世の中、そこに気付いてきた人がいるからこそ、

アナ雪の「ありのままが~」という言葉が流行り、
アウトデラックスなどの番組もうウケて、
フリースクールなどの、従来と違う教育の場が出てきたり、


個人の資質を大切にし、伸ばそうという場が増えてきている。


・・・・・・・


まとめ。


「パクチー好き・嫌い、どっちが人生損している?」


とあるTV番組の一コーナーとして以前見ただけなんですがね。
(*‘∀‘)

ぶっちゃけどっちでもないし、どっちでもいい。

しかしそこのそれぞれの好みがあって、正義があって。

だからこそ、それをアツク語る人間とは。おもしろく、愛おしい存在なのです。
(*‘∀‘)

まぁ、それが行きすぎたら
自分と反対意見を、とことん攻撃しだすわけです。
そうやって、争いとはうまれてくるものでもあって。




繰り返しお伝えすると。


「好き・嫌い」 と、

「存在そのもの価値」は別の話。


だって、全てものは、尊いもの。


存在そのものが、尊いもの。


それはもう、ず~~~っと前から、答えが出ていて、揺るがないもの。


だからそれを踏まえて、安心して「好き」を熱弁すればよろし。

(*‘∀‘)うふふん
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プロフィール

元ICU・NICU看護師/現「名もなき活動家」東 舞香

Author:元ICU・NICU看護師/現「名もなき活動家」東 舞香
ひとつの道にとどまり極めるより、あれやこれやかじって伝える事が得意。
わたしの人生経験すべて学び・ネタ!やることなすこと「活動」と称す。
そんなわたしの思ひ出作りとしての人生が、
きっと誰か必要な方への情報提供になるであろうブログ。
☆Webサイト作りました。ブログもこちらで更新中!
「名もなき活動家」東 舞香の活動拠点
http://namonaki.net/

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