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超感覚を体験をしたくて頑張っていた話。

「スピリチュアル」という言葉。
すっごく好きな人と、すっごく抵抗のある人へ
語るシリーズ。



「超感覚」を体験をしたい人へ。

体験したいのにできない!と言い続け、
なんやかんやのわたしの経験を綴ります。


*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆


わたしが
「見えちゃう人になりたい」
「氣・エネルギーを感じたい」と頑張っていた時。


オーラとかあんなものやこんなものが見えちゃう人、
共感覚持っている人、
触らずとも治す系の人等・・・・

そういう方のもとに行っては、話を聴いたり学んだりしてみました。

わたしがそれまで知っていた常識では説明つかないことがたくさんあるけれど、
そういう話を知ると、色んなことがつながっていくのです。

そうすると、自分もやっぱりそれを知りたくなるわけです。

その人達が見えている世界って?
宇宙の始まりと終わりってどうなっているの?
神様って、ほんとにいるの?
どう見えているの?どんな感覚なの?
どうやったら、そうなれるの?


わたしは、自分がそれを知りたい・体験したいと同時に、
その色んな見えちゃう人・感じちゃう人が、「どのように見て感じているのか」
そんな興味もありました。


・・・・・・・・・・・・


超感覚を体験したい・なりたい時」のわたし。

そもそも、日常の自分・からだやこころを大切にしていないという話。


わたしは、「感じたい・わかりたい」が目的で、
そのお勉強を「頭で」たくさんやってきました。


で、どこに行っても
感性は繊細・敏感なのに、頭で止めている」と言われてしまう。


そういわれても、どうやったら「そうなるのか」わからない。わかりたい。
だから「実感がないから頭で理解したい」
というところをぐるぐるっとね。
(`Δ´)どないやね~ん


振り返ってみれば、

頭の中は情報・考え事でいつもパンパンで、
からだはお疲れで、
時には疲れていると自覚すらなくなっていて、
からだはもう食べたくないのに、詰め込むほど食べてしまったり、
自分はいつも満たされていない感・人生損している感があって、
人の事がうらやましくて、
ああなれば、こうなるはずだ!と思い込みがあって、
できる事はしたくてあちこち行くけれど、
家に帰ったらぐったり動けなくなって。


そんな余裕のない状態。(余裕がないと言われても気づかない状態)
いいかえると
「感覚・感性」が鈍くなっている状態。

そりゃ感じるものも、感じていませんね。

・・・・・・

あったかいお風呂がしみいる感覚、
やわらかい陽射しのぬくもり、
草の香、潮の香、
着心地のいい服、
人から触れられる心地よさ、
誰かに伝えたずにはいられないくらいの感動、
切なくて泣いてしまう気持ち、
お猫様のもふもふの感触、顔を埋めた時のかおり、
お猫さまがお膝に乗ってくれた時の幸せ感、
超絶もちもち大福の触感・食感、


・・・・などなど、挙げればきりがないくらい、感じれるものって、日常に溢れています。

わたしたちは「人間」にうまれたのですから、人間として感じれることをを、楽しめばいいのです。
それを超えた体験なんて、人間が終わったらまたいつでもできますから。
(*‘∀‘)

肉体があるからこそ」感じる事のできる感触・体感、気持ち。
それがある事を、思い出せばいいのではないでしょうか。

日常にある事を忘れているから、もっと・わざわざ特別に何かしないといけないと思うものです。



繰り返しますが、
わたしたちは「人間をやりに来たのです。

「別に選んでないし!」とおっしゃる場合でも。
もう、とりあえず人間のからだで来たのだから、観念しよし(笑)


だから、
「〇〇とつながる・つなげてもらう」というのも、
わざわざ人から繋げてもらう必要も、わざわざつながろうとする必要もない。


だって、すでにつながっているから、今、ここに存在しているわけで。

微塵たりともつながっていない訳がない!

それを知っているかどうか。自覚・実感しているかどうか。

それだけ。

実感しようがしまいが、わたしたちはつながっていて、
宇宙の法則とやら、何かの一部に過ぎない。
だから観念しよし(笑)(*‘∀‘)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


◆ものさしの種類と尺度の話


同じものを見ていても、それを見ている媒体(人)によって、
その捉え方(実際どう見えているか、それをどう表現するか)が違うという話。



・色の識別も人それぞれ。3型色覚・4型色覚・・・女性の方が色の違いにこだわる
・チャクラも主なものは7つといわれる。そして実際はもっと無数にあるらしい。
(どこまで見分けれるかの違いもあり)
・エネルギーでも「ピリピリしますね」という人と、「今日はカラダがお疲れなのですね。」という人。
(読み取り方や、表現力の違い)
・インドのガネーシャさんは、日本では〇〇様と同じだとか、
・守護霊さん的な人を、とある人は「その方のお母さん」に見えて、他の方は「大日如来様」に見えていた、とか。
(その人に伝わりやすい形でお知らせしてくれる)

などなど・・・・・・・・・


つまり。
いくら人から「あなた○○ですよ」と教えてもらったとしても、
それは、その人を媒体した情報であるということ。
(伝える人によって、例えも違うし、伝えた側としても、受け取る側次第)

そして、それをお伝えする側もそこをわかっている人は、
よりクリアに伝えるために努めておられます。


☆☆余談☆☆

たとえば、あなたのオーラが「緑ですよ」といわれても、

世間一般でいう「緑」にも、「その人が見える緑」と「世間一般で言う「緑色はこんな人」」と、同じである場合もあれば、違う場合も。
そう見えている事に意味すらないかも。


その見えているオーラって何層目の話?
〇色っていっても、どれくらいの色?
自分がそう見える色とその意味と、それを人にお伝えする目的は?
それ、ホントにオーラ?たんに補色じゃないの?

なんちゃってで見えちゃう人は、この辺が甘い可能性があります。

なぜなら、もしわたしが見えちゃった時は、
安易に「あなた何色で、この色はこんな人で・・」と自分が見えたもので、「この人こんな人」って言ってやりたくなるからです。
(*‘∀‘)みえちゃうもん!って、言いたいだけ。


わたしはこういうの見てもらうのも好きで嬉しくなる半面、
「いやいや、緑よりも紫とか、白とかレインボーとか、そっちの方がかっこいいし!」
と、結局「他がうらやましくなる」方にいきます・・・
(;´∀`)

本来は
「あ、わたしの特性はそうなんだ。だからこうすればいいんだ!」と、
いぃカンジになるためのひとつの参考のためのものなのでご安心ください。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


とある方から聴いた例え話を一つ。


普段の感覚:地面は平ら=地球の端っこに行ったら落っこちると思われていた時代。
知識・学び:地球は丸いと知る。

地面や地球がまん丸に感じるわけではない。


普段の感覚:太陽は昇り、陽が沈む。
知識・学び:地球が太陽の周りを周る。

次の日も、陽が昇り、陽は沈む。



宇宙の法則を知る、とは

知識・情報・学び、とは

そういうこと。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


結論。

人間としてうまれたからには!

人間・肉体があるからこそ感じられる大事な感覚・感性を、楽しみよし!
(∩´∀`)∩




そういう事を日常感じ・楽しめるようになると、
「超感覚」とか、特にどうでもよくなります。

そして、そんなからだもこころも、シンプルに感じ取れる状態であると、
必然的に脳波が~~波であったり、
~~とつながりを自覚したり、
自然のものとお話できたり・・・・

ただ、それだけなんだと思います。


(・∀・)

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プロフィール

元ICU・NICU看護師/現「名もなき活動家」東 舞香

Author:元ICU・NICU看護師/現「名もなき活動家」東 舞香
ひとつの道にとどまり極めるより、あれやこれやかじって伝える事が得意。
わたしの人生経験すべて学び・ネタ!やることなすこと「活動」と称す。
そんなわたしの思ひ出作りとしての人生が、
きっと誰か必要な方への情報提供になるであろうブログ。
☆Webサイト作りました。ブログもこちらで更新中!
「名もなき活動家」東 舞香の活動拠点
http://namonaki.net/

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