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「あ、そういうことか!!」シリーズ。「ブロックとは」

「それって本名ですか?」と聞かれる機会がやたら増えました、東 舞香です。
(今までそんなこと、聞かれた事ありませんでした。)

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆


またもや勝手にシリーズ化。
「あ、そういうことか!」シリーズ。
(∩´∀`)∩

~あ、そういうことか!! ~「ブロックとは」編~

先日体験した「フォーク曲げ」と、「ボイストレーニング」からの気付きを語ります。
(*‘∀‘)

・・・・・・・・・・・・・・


先日、人生初、「フォーク曲げ」できたんです。


これ、あきらかにできる人とできない人に分かれるんですよね。

できて初めて、意味が分かったんです。
「あ、そういうことか!!」と。


その気づきが、
別の日に受けた「ボイストレーニング」の気付きと重なったのです。


今までの私の話し方・歌い方・声って、
「喉が締まっていて、ごにょごにょして、通らない」
んです。

で、その話し方の理由が、
「息の量が足りない」
「口周り・舌の動きが足りていない」
とわかったのですが。


今まで吹奏楽もやってたし、呼吸法もあちこちかじっているので、
腹式呼吸は知っているし、できる。

では、なぜ?

ボイトレ後、家でも毎日ちょこちょこ練習しているのですが、
フォーク曲げをやってから、気付いたんです。

どこかで遠慮している」「音量を押さえている」事に!!

で、お風呂でならまだいい声出せるとやっているのですが、
やっぱり遠慮してしまっている。
それならば、遠慮せずどこまで大きな声出せるか?とやろうとしても、
それでも遠慮してしまう自分」」に気付くわけです。

お風呂の中、といっても、やっぱり聞こえるだろうし、これ聞かれて通報されても困るな・・・
とか、思っちゃっているのです。
「遠慮するのをやめてみよう」と思い、様子見ながらちょっとずつ大きくしていっても、
「ここまで」と、止めてしまうのです。

でも、止めてしまう時、
本当はもうちょっといけそう
どこまでいけるか試したい

頭ではわかっているけれど、できない

自然と「ここは大声を出していいところではない」
(安全な場ではない)
と判断して、「セーブをかけていた」のです。

・・・・・・・・・・・・・


つまり、これが日常レベルにたくさんあって、


・この場の雰囲気では大きな声だせない。でしゃばれない。迷惑にならないように。
→自然と「息の量」が減って、ごにょごにょ声になってしまっている。

・体がかたい
→急なストレッチすると、痛くて怪我しそうだからそこそこで止める。

・猫背
→後ろに座った人が見えにくいと困るから、自然と丸まるようになった。
などなど。

これを、意図してやる・場面によって配慮する事と、
意図せず、自然とやってしまうようになった事と、
日常、混在していると思います。

・・・・・・・・


必要だからセーブしている事も、時として
必要以上にセーブしすぎている」ものもあるわけです。
それがいわゆるブロックといわれるもので、
自分にとって必要な事であれば、もっと開放してみては?という事になるわけです。

(そのセーブ・ブロックするきっかけはなんぞ?というのは、また深い話に。)


・・・・・・・・・・・・・


火事場の馬鹿力」を例に挙げると伝わるであろうか。
本来の力をセーブしている、
言い換えると、
セーブする理由がある
という話。

まずは
自分の上限はこんなもんじゃない
と知る事が第一歩。

そのうえで、必要ないものは温存しておけばいいし、
出したい時には出せればいいのです。


たとえば、女の人が出す「叫び声」ってありますよね。
(ホラー映画に出てくるヒロインとか、コンサートとか言って叫んでいる声)
わたし、自分は「あんな声出せない」と思ってたんです。
が、いざそういう場面になった時、
ほんとうに「きゃー」って、なったんです。

わたしって、こんなの出せたんだ!って、後から驚いた事があります。


でも、普段は出す必要ないもの。追い詰められたら、自然とできちゃう。
でも、お芝居とか必要であれば、練習していつでも出せる人もいる。


ストレッチでも、急に押されたら怪我しないように防御したり、痛くなった時点でやめてしまう場合。
それを、じわ~っとゆっくり、からだとこころに「大丈夫」と伝えれば、さらにゆるんで可動域も拡がっていく、とか。


出してもいいかどうか、ほんとうに必要か・求めているかどうか、
自分がその力量がある事を知る・信じる、
そのやり方・コツがあること、

そのあたりが、ポイントかと。

・・・・・・・・・・・

心のブロックは、人に外してもらうものではない
(必要だからかけている。自分が必要ないとわかれば、自然と自分で外す・外れるもの)
そう学びました。

どれだけ人が
「ここでは大声を出していいよ」
「フォーク曲げてもいいよ・壊していいよ」
と教えてくれたからといって、
ほんとうの意味で「自分に許可がない」と、できないもんです。

だから、ブロックを外す、というのは、きっかけが何か・誰かであるかだけの話で、
外す・許可するのは「自分」。
(ブロックを外すお手伝いをしてくれる人はいるけど、それも「やってもらう」のではなく、結局やるのは自分ですよ

という話。


だから、

日常会話でも「わたし、〇〇にブロックがあるの。」が口癖のような人。
「ブロックを(人に)外してほしい」という人。

そういう人は、ブロックしている理由も実はちゃんとわかっているのだと思うのです。
(じゃあ、こうすれば?アドバイスされたら、「だって、〇〇だし!」「わかってるし!」となる場合。ちゃんと本人が、わかっています)

そういうわけで、ついつい「お節介なアドバイス」をしがちなわたしも、
それは控えよう、と学んでいます。

※それをどうにかしたい、どうしたらいい?という方にはアツく語りますよ。
(*‘∀‘)


・・・・・・・・・・・・・・・

つまり。
フォークを曲げたいと意気込んでみても、
心の奥底に「曲げちゃいけない」があると、曲がらないんです。

それをいかに外すか、それだけ。


さて。自分が「ブロック」だと思っているものは何でしょう?
それは、本当に外したいものですか?
(*‘∀‘)おしまい。

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

ぐるりんちょ。


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プロフィール

元ICU・NICU看護師/現「名もなき活動家」東 舞香

Author:元ICU・NICU看護師/現「名もなき活動家」東 舞香
ひとつの道にとどまり極めるより、あれやこれやかじって伝える事が得意。
わたしの人生経験すべて学び・ネタ!やることなすこと「活動」と称す。
そんなわたしの思ひ出作りとしての人生が、
きっと誰か必要な方への情報提供になるであろうブログ。
☆Webサイト作りました。ブログもこちらで更新中!
「名もなき活動家」東 舞香の活動拠点
http://namonaki.net/

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