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「大事に育てられた鶏が、いよいよ食べられる時、その鶏は何を想うのか」

急性期・重症管理の臨床現場では、

目の前の人を死なせない

その為だけに、動けてしまうんです。

しかしそれだけだと、いつか立ち止まる時期がくるのです。

自分のなかで、
立ち位置
人としての在り方・生き方

そこが大事だとお伝えしたい。

わたしがやたら「いのちとかどうのこうの」と言う理由と、
それでも大丈夫」と言える自分になってきた理由と、

そう思わせてくれた方のお名前もこっそりと!

つらつら長くまとまってませんが、


それにご興味がある方は、どうぞ読み進めてみてください。


*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆



以前、わたしは
猫・動物のボランティアをやってみたい
と思った事がありました。

そうして、いざ情報を集め、動き出そうと思うと、

クジラとか、犬猫とかは保護して、牛や豚は食べるのはなぜ?
可愛もの・知能的に賢いものと、家畜の命の違いは何?

肉は食べないから~、という人も、野菜は食べるよね?
野菜は痛いって言わないから?

〇〇肉を食べて森を応援しよう!」「動物愛護
人間に都合悪いのは食べるし処分するし、
人間のせいで絶滅しそうになったら今度は慌てて守りだす。
そんな余計な事するから、さらにバランス崩れているだけなのでは?

そこで、ぴたっと足が止まりました。

・・・・

そんな事の「どうして探し」をしてきたわたしが、

医療現場で見て感じてきた事の話。


・・・・・・・・・・・・

いきる意味とは・いのちとは、何の為の治療か・・・


そう疑問を持つ場面を、
医療を通じて、
また、日々の生活中でも、
たくさん感じる場面がありました。

反面、「いのちに対して・人に対して実は無関心・冷酷なんじゃないかと思える
対応もできてしまう自分。

結局は自分も偽善なのではないかと思えてしまう。

だからそこ、自分の見ているもの・やっている事。

その意味・答えを知りたくて、納得したかったのです。


・・・・・・・・・・・・・・


今から一年半以上前。
わたしが病院退職が決まっていて、あともう少しという頃。

自分のアプローチしたい場所はここじゃない、
自分の納得していない治療には加担したくない
そう感じていた頃。

その頃にようやく「胎内記憶の話を知りました。

また、
大事に育てられた鶏が、いよいよ食べられる時、その鶏は想うのか」とか、
何百年と生きてきた大木が、切り倒される事が決まった時、その大木は人間に何を想うのか」とか、

そんなお話なども教えてくれる人がいます。

こういう話を知ってさらに、色々な事がつながりました。


そこに意味を求めなくてもいいんだ
物事にいいも悪いもない
自分で全部決めている

そっか、全部矛盾でも、不公平でも、なんでもなかったんだ、と。

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆


そこに至るまでの話。
どういう場面をみて、疑問を持ったのか。

わたしが配属していたICUは、ちょっと特殊なところ。

生まれたての赤ちゃんから、90代のご年配までも、
そして心臓移植にも携わる病棟。
(心臓血管外科系の手術・処置が必要な方のみ)

たとえば、

90代で倒れてきた人にも、心臓の手術をする意味があるのか・・・。」

状態は安定しているが、家に帰れる見込みを感じない人。これからもずっと入院しつづける意味があるのか?
(呼吸器・気管切開・胃瘻・意識障害・関節拘縮等々・・・とパターンがある)

瞳孔がすでに開いているのに、それでも延命処置を続けるのか?

自分の意志を伝えられない状態の患者は、はたしてその治療を望んでいるのだろうか?

治療・検査をすればするほど、明らかによくない経過をたどっている

等々・・


重症管理ができてしまう設備・人員ががあるからこその、この疑問。

やりだせばどこまでも治療の限界がないように感じる反面
すぐに迎えてしまう頭打ち感


例えば、
一度始めた治療を「辞める」事。
重症な治療程、できません。


「呼吸器」や「体外循環」、「強心剤」など強い薬など、
生命に直結する治療があります。


それが治療と功を奏す場合もあれば、
すぐに「治療効果はなく、ただの延命」になる場合もあります。

だから、「治る見込みがない」と判断せざるを得ない経過をたどった時、

本人の意思を尊重したい・尊厳のある死を迎えさせてあげたい。

そう家族も、スタッフも思っていても、現実できない部分。

「治療を辞める」=ただちに・急速にいのちが危うくなる。

そうやって、直ちに生命を脅かす行為となるため、できないのです。

つまりは責任問題が絡んでくるのです。


(昔から、尊厳死については以前から話題はありますが、結局のところは、そんな現状でした。今はどうなのでしょうね?)


・・・・・・・

かといって。
わたしが「意味を求めている」の裏側。
「意味がない」と認めてしまうと。
その人が生きている意味がない。
と自分がそう思ってしまっている・決めてしまっているからこそざわざわしていた部分。

なんとも、「人が生きている意味があるのか・ないのか」
そんなおこがましい気持ちであったなんて、気付いた時はかなり痛いもんです。
(>_<)


それに気づいたのは。

これは意味があるのだろうか、と思ってい人が
奇跡とも呼べる経過」をたどる人がいる。
明らかに、もう駄目なんじゃないか?と思っていた人が、回復して、退院していく姿。

そんな時、自分が「この治療の意味がない・治らない」と勝手に決めつけていたんだと、気が付くのです。

※たとえば、90代の方が「大動脈解離」で緊急手術で入って来られたけれど、
 経過はすこぶる順調だったり。
 案外高齢者の方が強いな、と思える場面もありました。

・・・・・・・・

そして、患者が「赤ちゃん・子ども」の場合の疑問。


患者がいい年齢の大人の場合、
あきらかに「生活習慣病」は「自業自得」と言えてしまえる部分や、
高齢であれば「もう十分生きてきたら」
病状経過や、ご本人の性格やご家族との関係性から感じるもの・・

医療者側としても(勝手に・それなりに)「納得できる理由」も、あるわけです。
(働く側としても、自分なりに納得させていかないと、動けないと気があります。)

これはわたしではないけれど、
「子どもの治療・看護が好き」、という方には

「大人は自業自得の病気がほとんどだけど、
赤ちゃん子供は違うから、全力で助けたい」

こういう考えの方もいました。


そう、こうやって次の疑問。

生まれてすぐ亡くなるのに生まれてくるのはなぜ?
お腹の中で亡くなってしまうのはなぜ?
あんなに子供を欲しがっている人にはこないのに、育てられないあの人には来るんだろう。

等々・・・
なんで・どうして?
がでてきます。

・・・・・・・・・・・・・・


そんな色んな事を感じる重症・急性期病棟。
そのフルで活躍できる範囲にはかなり強い。
その治療で救われた人、その治療でなければ救えなかった人達、
治療ですっかり元気になる人もいる事実。


反面、その枠・限界を超えたものに関しては、
その先がない。
そうなった時、どうしていいのかわからない。
もう医療者として、してあげれる事のない、無力感。


そして。そこに対応できない一つの理由

「いきるとは。いのちとは。」
「自分の人生とは。」
「人としての在り方とは」
「自分の立ち位置とは」


その大事な部分が抜けている状態で、
その技術や知識を積み上げていくと、

人として」「医療の基本・大事な部分」が、本当に見えなくなります。


自分の立ち位置」がわからないから、
無力感・罪悪感
良くしてあげれなかった・何もできなかった
につながります。

そもそも。そこには
医療が良くする・自分が良くしてあげたい
(できなかったら、自分のせい)

それがあるから。

そうやって、
「心を痛めてしまう人・疲弊してしまう人」
「自分が疲弊しても、辞めれないと思っている人」

周りにもたくさん見てきました。

だからこそ、医療人として、人として。
その在り方や、立ち位置。本当に大切なのです。

しかし、今までも、組織の中で、また仕事柄、
たくさんの「自己犠牲」のもとに成り立ってきている部分があまりにも大きいのです。


・・・・・・・・・・・

そして、そもそも看護師・に求められる事の一つ。


問題を明確にする事
異常の早期発見
状態を悪化させない・した場合も迅速な対応


いうなれば、「目の前の人を、死なせない事が目的。

ただ、それだけ。
だから、「いのちがどうの」とか、
「この後、障害が残るかもしれない」とか、
「この人はどんな人生だったのか」

そんなことは、二の次なのです。
まずはいのちをつなぐこと。


重症な方・赤ちゃん子供は短時間で状態が刻々と変わるもの。
そんな中「急変」でもしようものなら、

その予兆を「見逃がしたのでは」をとことん受けるのである。

もちろん、明らかに誰かに責められなくとも、

「なんでこうなった?」「いつから?」「原因は?」

その状況が落ち着いた後も、
その「振り返り」を、とことんやるのである。

なぜなら、「原因がわからない」と、「対策が立てられない」からである。


問題さがし
原因探し
何か起こる事に対する、備え


このやり方、仕事としては当然だと思ってきました。

が、自然と自分の「生き方・考え方」までも、そう染みついていました。

わたしが「見えちゃう人になりたい」「なんでもわかる治療家・セラピスト」に憧れるのも、その部分。
その人の「しんどい部分をパッっとわかってあげて、そこが問題ですよ」って、言ってあげれたら、手っ取り早い。
自分がそう救われたから。
そう思って学んでいた時期があります。


でも。この考え方って。
方向性がちょっとズレるだけで、人の「問題を探す・作る」事もできてしまう、そう気付きました。


・・・・・

最近はやっと、

人のいいところ探し・幸せ探しを!
「ない事」より、「ある事」を。
出来なかったと後悔するのではなく、次何をするのか?

そういう事を学び、実践できるようになってきましたが、


つまりはそれが「難しい」と感じてきた理由は、

教育的に根付いたところがあったというわけです。


・・・・・


わたしが救われた言葉のひとつ。

あなたは悪くない

この一言だけで、泣いてしまうわたし。



自分のせい」って、とってもこわいのです。

例え、「あなたのせいでないよ」って言ってもらったとしても。

自分の時に急変したり、自分がミスしたら、やっぱりかなりへこむ!責める!

「自分の何が悪かった?」「自分のせい?」

でも、人がミスしたら。

「そんな時もあるよ。気にしなくていいよ。」

それは素直に言ってあげれる。
その裏の気持ちは
自分がやったんじゃなくてよかった。(むしろ、ミスしてくれた人、ありがとう)

そういう気持ちなのである。

それくらい、「自分のせい」というのが、怖かったのである。


だからこそ、
その仕事に臨む根底が

もしも何かあったら。
何かあってもいいように。
自分のせいと責められないように

という、心配の根底

裏を返せば
いつ、何かが起こる前提」と、自分が決めてしまっているのである。

だから、わたしの場合。

経年が行けば行くほど、下準備や情報収集のために使う時間がどんどん増えていったのはそのためです。
(ずっと病院にいる時間が長いので、変に心配されていました)


・・・・


そんなこんな気づきがあったからこそ、

「今やる事は看護師ではない」「仕事を辞める」
と心が決まった後でも、

最後まで、自分のやるべきことは、やる。

それを貫く事ができました。


・・・・・・

そして今でも感じているのは、


自分のいのちをかけて向き合うタイミング側の人と、
その方に対して、アプローチする側が出会う場所。

そんな大事な場所に、

もうすでに、こんなに本質を問う時代に入っているのに、

まだまだ、こういう概念が通じない場所がある。

すでに気付いている人、わかっている人もたくさんいるが、
それはまだまだ「個人」のレベルであり、まだ「全体ではない」事。

だから、
医療者側もしんどい場合がある。
患者側も、しんどい場合がある。


今回の話、

そこに共感された方がおられましたら。

そこがもし、

あなたの生きづらさの一つなら。

それは大丈夫です。

そう想っていたわたしが、大丈夫になりましたから。

ここで何かうずうずきちゃった方、

どうぞその想いを、また周りに伝えてみてください。


※※注※※

わたしが抱いた「疑問・想い」については、数ある中の症例の一部の話です。
そしてあくまで、わたしの経験・感じた事の内容になります。
(良くならない人ばかりではないですよ、とお伝えしておきます)


*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

わたしが看護師だった頃のお写真シリーズ。
もうこれもかれこれ何年前だろう!月日の流れというものは。
しみじみ。(*´Д`)=з



そんな、わたしが疑問を抱き続けてきたことを、愛を持って教えてくれる人達がたくさんいます。

その中のお二人をご紹介。

「たいわ士 南山みどりさん」(「天使の笑顔」HPはこちら)

わたしが「たいわ」を学んだ方です。愛のメッセンジャー・通訳さんです。
「わたしも自分に正直に生きる!生きてもいい」と、この方の生き様から学ばせていただいている方です。

「スピリチュアルカウンセラー 村林 陽子さん」(facebookはこちら)

わたしに「大事に育てられた鶏がいよいよ食べられる時の想い」など、教えてくださった方です。
神様話もとても面白くて、とても素敵な方なのです~。
わたしが「母親との関係」に向き合う、その始まりの時、
そっと見守り・後押しをしてくださった方なのです。

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コメント

1. おっはようございますー!

何事も真摯に受け止め考えている
まいかちゃん。とっても素敵な生き方されてるなあ
と思いました。これからもブログ楽しみに
してるよー!♪

2. うずうず(^-^)

読んでて何故か
涙が出そうになったよ。
こういう感性の方とお知り合いになれたことが
うれしうれし♪の涙です(*´▽`*)ゞ

3. >sumosuggyさん

コメントありがとうございます~。

(∀`*ゞ)エヘヘ
わたしこそ、こういう共感していただける方とお知り合いになれたこと、
うれしうれし!です。
(*‘∀‘)

4. >ふうらさん

コメントありがとうございます~。

(*´σー`)エヘヘ
なんやかんやあるけど、
結局大丈夫、と証明していきますよ~。
(*‘∀‘)

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プロフィール

元ICU・NICU看護師/現「名もなき活動家」東 舞香

Author:元ICU・NICU看護師/現「名もなき活動家」東 舞香
ひとつの道にとどまり極めるより、あれやこれやかじって伝える事が得意。
わたしの人生経験すべて学び・ネタ!やることなすこと「活動」と称す。
そんなわたしの思ひ出作りとしての人生が、
きっと誰か必要な方への情報提供になるであろうブログ。
☆Webサイト作りました。ブログもこちらで更新中!
「名もなき活動家」東 舞香の活動拠点
http://namonaki.net/

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